「どうして成城学園前にサロンを開いたのですか?」
お客様や、知人などに聞かれます。
当時の私は、成城学園に友人はおろか、知人もおらず、降り立ったこともなかったのです。
そのサロンが今年で19年目を迎えます。
これまで続けてこれた背景には、店舗を選んだ時の不思議な直感と、ファン作りの為のいくつかの小さな仕掛けがありました。
2021年、サロンオープン時の集客において、インターネットを活用することは当たり前のようになっています。
特に、SNSでの集客は外せません。
とはいえ、ネイル、ヘア、リラクゼーションなどを始めとする「サロンのお仕事」というのは、対面でお客様とのコミュニケーションが必須となります。
新規来店のきっかけが、リーフレットからSNSに変化しても、新規のお客様がお店のファンとなり、そしてリピーター様になっていくのは、いつの時代でも変わらないでしょう。
これまで、20,000名以上に接客し『現スタッフが在籍5年以上、8割がリピーター様』という、
居心地のいいお店を作れるにいたった私の創業ストーリーは、
今からお店をスタートさせようとしている方々に、何らかのヒントになるのではと、記事を書いてみました。
トータルビューティサロンをつくリたい!
「世界で一つだけの花」がヒットし、六本木ヒルズが誕生した、19年前。
私は、3つの駅を思い浮かべ、実際にそこへ行ってみました。
最初の駅は、憧れの地域ではありましたが、予算内で思い描いていた店舗を借りることは難しそうでした。
たまたまなのでしょうか、なんだか活気が感じられません。
この時点で、私の候補地リストから外れました。
次に成城学園前駅に降りました。
とにかく寒い日で、昼間だというのに薄暗く、想像していたより人通りが少ない印象がしました。
でも、どこか安心できる街の雰囲気に、不動産屋さんを回ることにしたのです。
紹介された3つの物件の1つが、のちに1号店となる店舗でした。
駅から歩くこと15分、バス停だと3つ目。
どこにでもある住宅街の路面店で、立地はいまいちでした。(現在の店舗は駅から5分、駐車場も完備。)
まだ骨董店が営業中でしたが、中を見せていただいたのです。
打ちっぱなしのコンクリートが特徴的な店内は、天井も高く、奥行きもあり、2部屋作れそうです。
一目で、ここだ!と感じました。
すぐに仮契約をして、開店準備に取り掛かることとなったのです。
成城学園には、誰一人知り合いもおらず、全く縁のない地域のため、友人、知人の来店も期待できません。
今思い起こしても無謀としか言えませんね。
まさにゼロからのスタート。
でも「この土地でファンを見つける!」と信念のような想いが私をつき動かしたのです。
ここでサロンを開きたい!きっと、信頼され、愛されるサロンにする!
最初の難関は家族でした。
当時の自宅から、店舗まで往復四時間です。
娘は小学校4年生、ケアが必要な持病があります。
当然夫は、大反対でした。
サロン経営(自宅近くの店舗での実績)、勤務時代での営業成績から、具体的に予想できる売り上金額を夫に提示。
一番身近な人を味方にできてこそ、全く知らない人を引き込める。
あとはこの想いを伝えるしかありません。
数回にわたる話し合いの結果、まずは3年間の期限付きで、応援してくれることになりました。
ネイリストの知人2名をスカウトし、3人でいよいよスタートです。
私がイメージしたお店は、上品、高級感、そしてシンプル。
ロゴデザインはプロの方と念入りに打ち合わせて決定、リーフレットの紙質も上質なものを選びました。
マーケティングの知識がゼロだった当時の私ですが「化粧品の販売と、エステティシャンとしての経験は活かせるはず」と考えていました。
とはいえ、お客様が来店されなければ、始まりません。
不安を打ち消すように、低予算で考えつくことは、全て自分たちで行いました。
オープン1ヶ月前からのポスティング。
毎日3時間ほどかけて、自分中心にスタッフと手分けをし配布しました。
リーフレットをおいていただけるよう、お願いを兼ねて、駅前のお店に挨拶回り。
しかし最初の3ヶ月は「リーフレットの効果はあったのかな」という程度で、なかなかお客様にご来店いただけませんでした。
めげずに、空いている時間はまめにポスティング。
その甲斐があって徐々にお客様が増えた頃、私は『ちょっとした仕掛け』をしていました。
(立地など色々ですが、機会あればお伝えしたいと思います。)
それが功をなして、オープンから1年、待合室にはいつもお客様が待つような人気店になったのです。
オープン1年目売り上げは黒字、2年目で法人化することになりました。
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